| トヨタの季節工(1971.3-1971.8) |
| 日産を逃げ出し、トヨタへ行った。トヨタといえば豊田市である。愛知県である。 本社工場へ配置となり、寮はりっぱな鉄筋作りの独身寮である。本工(本採用 の工員・正社員)と一切の差別は無く、部屋も本工と同部屋である。食堂も寮 にあり工場にありで、恐怖の夜勤も無く2交代だけであった。 与えられた仕事は、トラックのデフカバーと言う代物で鋳物で出来上がったもの を研削をする仕事である。素焼きの物を機械にかけ研削し製品として1時間に 最低8個仕上げることが果たせられた義務であった。 最初の頃は8個作るのは大変な作業であったが、だんだんと慣れてくると1.5 倍の12個まで作れるのである、馬鹿な性格で何個までいけるかと一人で挑 戦して楽しんでいたのである。会社の思うツボであった。 12個作って置いていても12個持って行ってしまう、次の時間も12個を持って 行ってしまう。自分としては8個だけ持って行って貰いたいと切に希望するが、 カンバンのトヨタは持って行ってしまうのである。そんなことを考えているうちに 6ヶ月満期まで持ってしまった、3食うどんで過ごした6ヶ月、毎日残業4時間 で良く持ったものだと自分の身体を誉めてあげたい。10キロほどダイエットが 出来て、貯金が30万、最後には組長さんが(工場内の組長です、あっち系じゃ ないよ)送別会まで開いてくれて、感謝感謝です。 「日本一周が終わったらここへ帰ってこいよ」と、涙を流して言ってくれた人が いる会社です。今のトヨタをみれば当たり前と思います。 |